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2006年5月 1日 (月)

豊橋神明社の鬼まつり 其の四

Simg_6420_1 突然眼の前に現れた子供に化けた狐に神楽の解説をしてもらつた小僧は、なるほど、さうであつたか、と頷きながら、八角形の舞台で繰り広げられてゐる司天師と呼ばれる江戸時代の萬歳師のやうな恰好をした大人たちの奇妙な所作を眺めてゐると、ほどなくその『司天師神楽』は終はり、見物してゐた人たちが拝殿の方に向かはうとするので、次は一体何が始まるのだらうか、と狐が居ると思はれる後ろを振り返ると、先ほどの随分とひねた顔をした子供の姿はまうそこに無かつた。

はて、狐は何処に行つたのだらう?それともオイラは夢を見てゐたのだらうか?とそれこそ狐につままれたやうな顔の小僧であつたが、そのままともかく移動する人たちの後に附いて行くと、拝殿では二人の着飾つた巫女さんが扇子を片手に『浦安の舞』と呼ばれる神楽を厳かに舞つてゐる最中であつた。

Simg_6442_2 小僧は巫女さんのそのやうな舞ひを見ると必ず思ひ出すことがある。それは妖怪の子として生まれて、この世で初めて巫女さんの神楽を見たときのことである。それは故里の犬山にあつた天神様の秋のお祭りの日に境内の小さな舞台で行はれた、小さな女の子の巫 女がたつたひとりで鈴を鳴らしながら舞台を行つたり來たりする、そのやうな簡単な所作を繰り返すだけの神楽であつたのだが、その時の巫女は十歳くらゐの女の子であつたら うか、少し化粧を施した顔が子供であつた小僧には神々しいと云つてもよいくらゐ美しいものに見え、また実際にその子は飛び切り美しかつたのだらう、ちよつとした仕草にも少し異質ながら女の色氣が感じられるといふ具合で、その時初めて小僧は恋心といふものを知つたのであつた。そして、その時の甘酸つぱい印象は今も強く心に残つてゐるのである。

鼻先に鼓転がり里神楽  神楽小僧
(つづく)

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