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2006年6月 7日 (水)

西枇杷島まつり 其の一

Simg_0129_2先日、小僧は再び名古屋方面に遠征して、西枇杷島や名古屋の山車祭りを見物してきた。そこで、忘れないうちにその時小僧が見聞したことなどをここに書いておかうと思ふ。

小僧がまづ最初に訪れたのが名古屋の北西に隣接する清須市の西枇杷島町であつた。例によつて『ドリーム号』といふ名称にかなりの違和感が感じられる夜行の高速バスを新宿から利用した小僧が、到着した名古屋で駅を出る度にチンチンといふ音が鳴る名鉄の普通に乗り、三つ目の西枇杷島駅で降りてから、てくてく歩いて澤山の屋台店が立ち並んでゐる西枇杷島の六軒町通りに着いたのは六月三日の午後も二時にならうかといふ頃であつた。

実を云ふと、ドリーム号は朝の六時半頃に名古屋に着いてゐて、小僧はその日はもつと早く西枇杷島に來られたのだが、バスの中でよく眠れなかつたこともあつて、名古屋に着くなり、山車が動くまでにはまだ時間がある、それまでまう少し寝るとしよう、と駅裏の安いサウナに入り、そこで一風呂浴びて横になつたのが拙かつた、つひ寝過ごしてしまひ、眼が覚めた時には時計の針は既に正午を大幅に廻つてゐたといふわけであつた。

といふことで、かなりの時間を無駄にした小僧であつたが、西枇杷島に着くと、近くを流れる庄内川に大きな堤防ができる関係から多くの家が立ち退いて風景ががらつと変はつてしまつた問屋町辺りはともかく、六軒町の本筋通りは、思つた通り、既に多くの祭りの見物人で賑はつてゐて、五輌ある山車のうちの三輌が威勢のよいお囃子を奏でながら、初夏の強い日差しと屋台の鉄板の熱によつて蒸されてゐるその通りの混雑の中に大勢の曳き手を従へて繰り出してゐるのが見えた。そこで、山車が蔵を出る時の儀式から見たかつたのだが、やはり來るのが遅かつたか、などと小僧が寝過ごしたことを後悔してゐると、小僧の眼の前にぬつと顔を突き出した者が居る。

「神楽小僧よ、やつとかめだにやあか」

Simg_0136_3と云ひながら、真つ赤な顔をした酒の匂ひのぷんぷんとする男が小僧の前に現れてにやりと笑つたのだが、それは小僧がよく知つてゐる朱藍坊(しゆらんばう)といふ男であつた。

江戸時代、尾張藩士であつた堀田六林が記した『蓬左狂者傳』に、富豪の家に生まれた ものの『乞食の境界こそおかしけれ』と毎日物もらひの真似をして浮かれ歩く呉藍坊といふ狂人が描かれてゐるが、何を隠さう、この朱藍坊といふ男はその呉藍坊の子孫で、その先祖と同じやうにホームレスの真似をしながら毎日を面白可笑しく暮らしてゐるのである。ただ、先祖と違ふのは祭りと酒が何よりも好きといふところで、御神酒のお流れを何杯も頂戴していつも顔を赤くしてゐるので朱藍坊と呼ばれてゐるのである。そして、そのやうな氣ままな生活をしてゐる所為なのか、若いのか年老ひてゐるのか皆目判らないといふ年齢不詳の不思議な男なのである。因みにその朱藍坊の発した『やつとかめ(八十日目)』といふ言葉は名古屋弁で、『久し振り』といふ意味である。

駅を発つ電車睨みて汗ぬぐひ  神楽小僧

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