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2006年8月13日 (日)

四日市鳥出神社の鯨船行事

Simg_0334 去年の八月の上旬のことであつた。その頃小僧は名古屋方面に出かけてゐたのだが、丁度その時催されてゐた四日市の『大四日市まつり』といふイベントに祭りの山車が出るといふことを聞いてその四日市まで足を運んだことがあつた。すると、その四日市の中心地の大通りで『鳥出神社の鯨船行事』といふ祭禮行事が特別に披露されてゐた。この『鳥出神社の鯨船行事』といふのは、全国的に見ても珍しい祭禮行事といふことで国の重要無形民俗文化財に指定されてゐるもので、本來は八月の十四日、十五日の旧盆に四日市の富田地區の鳥出神社で行はれるのだが、その時はその大きなイベントで特別に公開されてゐたのである。そして、小僧はその祭禮行事をその時初めて眼にすることになつたのだが、それは大変面白く興味深いものであつた。そこで、その行事が行はれる十四日、十五日が間近に迫つた今、それをここに簡単に紹介しておかうと思ふ。

Simg_0342 この『鳥出神社の鯨船行事』は豪華な装飾を施した『鯨船』と呼ばれる船形の山車が曳き出される祭禮行事で一つの山車祭りと云へるのだが、それはちよつと変はつた山車祭りである。鯨船山車は全部で四輌(神社丸、神徳丸、感応丸、権現丸)あるのだが、山車を持つそれぞれの氏子たちはただ単にその山車を曳き廻すだけではない、その山車と張りぼての鯨を用ひて、鯨船が鯨との死闘を繰り返した後にやつとその鯨を仕留めるといふ演技を行ふのである。つまり、それは山車を使用した一つの芝居の披露と云へるものなのである。

その芝居の大体のストーリイはこんな具合である。鯨船が怒り狂つたやうに暴れ廻る鯨をまづ追ひかける。張りぼての鯨を操るのは子供や若者たちで、鯨船山車を引つ張るのは大人たちである。だが、鯨は簡単には捕まらない。鯨船に反撃を試みたりする。両者のぶつかり合ひがそこで暫く演じられるのである。しかし、そのうち鯨はだんだんと弱つてくる。結局、鯨船の上の少年が投げた銛によつてその鯨は息の根を止められてしまひ、そこでめでたしめでたしといふことになるのである。

この行事の行はれる四日市の富田はその昔漁業が盛んであつたさうである。だが、実際に鯨を捕つてゐたかどうかは定かではないといふ。すると、どうしてこのやうなことが行はれるやうになつたのだらうかといふことになるのだが、それも残念ながらよく判つてゐないやうである。ただ、ネツトで調べてみると、鯨船行事の調査報告書にはその由來に関して次のやうな文が書かれてあるといふことが判つた。『この行事は鯨を大漁や富貴(ふうき)の象徴と見なし、これを仕留める演技を行うことによって大漁や富貴を祈願する』。

Simg_0354 至極もつともな由來の推察である。だが、それは誰もが思ひつきさうな平凡なものであると云へなくもない。小僧としては少々拍子抜けであつた。事実、その『鳥出神社の鯨船行事』は一筋縄では行かない謎の多い行事と云はれてゐるのである。したがつて、ありきたりの解釈に不満な小僧は、他に何か訳があつたのではないだらうか、鯨は何か他のものを象徴してゐるのではないだらうか、などとあれこれ詮索してしまふのである。

張りぼての鯨もぐつたり夏祭り  神楽小僧

注:写真は全て2005年8月7日撮影。

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