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2007年7月30日 (月)

久喜の天王様

Simg_3794 埼玉県の東部に久喜といふ町がある。池袋からJRの快速電車で四十五分くらゐの距離にあり、東京を中心とするドーナツツ化現象のドーナツツの外側の皮の部分に当たる町であるが、周辺の多くの町と同じやうに、かつて天領の農村であつた町が東京のベツドタウンと化しただけの、特にこれと云つた特色の無い町である。だが、久喜を久喜とならしめてゐるアイデンテイテイーのやうなものがあるとしたら、それはこの町に江戸時代の天明の頃から傳はる「久喜の天王様」と呼ばれる山車祭りであらう。

「天王様」や「天王さん」と呼ばれる天王信仰の祭りは日本各地にあり、その中には山車を曳き廻すものも多いが、久喜の「天王様」はそのやうな山車祭りとはかなり趣が異なつてゐる。山車は上勾欄に大きな飾り人形を乗せた江戸型で、近辺の本庄や川越の山車とは四輪であるほかは余り変はりが無く、昼の曳き廻しやお囃子もそれらと大きな違ひは無いが、夜の山車の曳き廻しがかなり大がかり、かつ一味違ふ勇壮さを感じさせるもので、その祭りを大変ユニークなものにしてゐるのである。

どこが大がかりかといふと、夜になると七輌ある山車に提燈を附けて町の中を曳き廻すのであるが、その提燈山車が全て約五百個もの提燈を飾りつけた、かなり大きな代物なのである。普通、山車に五百個もの提燈を飾りつけるのは並大抵のことではない。それが江戸型の山車なら尚更である。だが、久喜では、人形や引き幕を降ろした山車の周りに、ちよつとしたプレハブ住宅の骨組みのやうな大きな角柱型の木の枠組みを作り、その枠組みに提燈を飾りつけることによつてそれを可能にしてゐるのである。同じやうな形態の山車祭りに有名な福島県の二本松の提燈まつりがあるが、この久喜の提燈山車はその二本松の提燈山車を更に大きくしたものと云へば判りやすいだらう。

そして、この提燈山車の提燈の明かりは、最近多くの山車祭りで利用されてゐるやうな電球によるものではなく、傳統を重視してのことか、二本松と同じやうに全て蝋燭を使用してゐて、そのことがこの祭りを一層魅力のあるものにしてゐるのである。どういふことかと云ふと、もともと蝋燭を使用した提燈の明かりは、日本人の心に何かを訴へるやうな、温かみのある魅惑的な光を放つのであるが、それを大量に纏つた久喜の提燈山車は、「提燈の要塞」と云つてもよいやうな迫力のある外観を呈してゐながら、打ち揚げ花火のやうな心の和む、抱擁感のある美しさを感じさせるので、それを観る者の心を捉へて放さないのである。

といふわけで、久喜の「天王様」は別に「久喜の提燈祭り」とも云はれてゐて、そんな提燈だらけの大きな山車を、地元の若者たちが力を合はせて、関西のだんぢり顔負けの速度で曳いたり、廻り舞台形式になつてゐる山車の構造を利用して、回転木馬が廻るやうな速度で何回も提燈の枠組みを回転させたりしながら、町中を勇壮に曳き廻すのである。

提燈の城を曳きけり久喜祭  神楽小僧

注:写真は七月十八日に撮影。クリツクすると拡大できます

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