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2008年6月13日 (金)

犬山祭二〇〇八 其の三

Simg_3822 犬山の住民が新しく当選した市長と一緒になつて県や建設省が主導する道路整備事業計画を中止に追いやつたといふ話を聞いて小僧は少しばかり驚いた。何故なら、犬山の住民にそのやうな行動を起こすバイタリテイがあるとは少しも思つてゐなかつたからである。

国宝犬山城のある犬山は、昔はその犬山城に住む成瀬氏が支配してゐたが、今は名古屋鉄道、いはゆる名鉄が支配してゐる、といふ皮肉を込めた云ひ方があるが、実際のところ、犬山は名鉄の町と云つてもよい。

何故なら、それがよいか悪いかは別として、名古屋のベツドタウンとして、同時に観光の町として、これまで犬山を発展させてきたのは名鉄だからである。特に観光面においては、鵜飼やライン下りを運営する傍ら、明治村やリトルワールドなどの大規模なテーマパークを作り、犬山城だけが目玉であつた犬山に多くの観光客を呼び込んできた。

といふわけで、犬山市もその名鉄の意向に沿ふやうな形で市政を進めてきたのは当然のことであつた。住民も、名鉄に任せておけばなんとかなる、名鉄が犬山に利益をもたらしてくれるだらう、そのやうな思ひでこれまでは過ごしてきた。つまり、住民自らが町おこしを図るといふことはこれまで無かつたのである。云ふならば、犬山の住民は、飼い慣らされておとなしくなり、鼠を捕ることもできなくなつた猫のやうなものであつた。

それに、かつて城下町であつた旧市街は最近は空洞化が激しいと聞く。市の人口は郊外の開発が進んで増加してゐるが、古くから犬山に住み続けてゐる人は反対にだんだんと少なくなつてきてゐるやうである。となると、犬山の住民の間の連帯感も希薄になつてゐる筈である。

といふことで、そのやうな犬山の住民、特に旧市街の住民が今度のやうな積極的な行動を起こしたことは小僧にはとても意外なことであつた。と同時に、その話を聞いて嬉しくもあつた。犬山は小僧が生まれ育つた町だから、小僧は今でも犬山の町に対しては特別な感情を抱いてゐる。開発などによつて、犬山の町から昔の風景がどんどんと無くなりつつあるといふ話を聞けば心を痛めずにはゐられないのである。したがつて、今回の騒動が先に述べたやうな結果に落ち着いて安心すると同時に、自分たちの町のことを真剣に考へて行動した犬山の住民が澤山居たことに少なからず感動を覚えたのであつた。

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