日めくり詰め将棋カレンダーの特別受賞作
以前、日めくり詰め将棋カレンダーに小僧が作品を投稿したことを書いたが、優秀な應募作には賞が与へられることになつてゐて、先日その発表があつた。当然ながら小僧の駄作はその中に無かつたが、大賞や各賞とは別に選考委員特別賞といふのがあつて、その受賞作がなかなか面白いものであつたので、それについて少し言及してみようと思ふ。
特別賞受賞作と云つても難しいものではない。一手詰めである。それも、将棋の駒の動かし方を知つてゐる者なら誰でも解けるやうな大変簡単な一手詰めである。今までいろいろな詰め将棋を見てきたが、その中でこれがいちばん易しいのではないであらうか。
全体どんな詰め将棋かといふと、守備駒の一枚も無い裸玉に、攻め方の駒は持ち駒なしとは云へ飛角金銀桂香歩と綺麗に一枚づつ揃つてゐるといふ駒の配置(不思議なと金が一枚あるが)で、図を見なければ普通の詰め将棋のやうであるが、これがちよつと変はつてゐて、初形から飛車成りで王手しても、角成りで王手しても、また金でも、銀でも、桂馬でも、香でも、歩でも、とにかくそのまま王手を指しさへすれば、ほとんどの場合一手で王様が詰んでしまふ。詰まない手を選ぶのが難しいほどである。
と云ふと、ほとんどの人が首をかしげるに違ひない。え? それは一体どういふことだ? 答へは一つではないのか? そんな詰め将棋があるのか? と。さう、さうなのである。詰め将棋を幾らか知つてゐる方なら、まうお判りであらう、つまり、これは今までとは違ふ、解答が幾通りもある詰め将棋なのである(この場合、飛角金銀桂香歩のどれでも詰ますことができるので、正解は七通りといふことになる)。詰め将棋は普通、正解の詰め手順が一通りであるが、この詰め将棋はその常識を覆したのである。そして、そのオリヂナリテイーが審査員に高く評価されたのである。
小僧はこの詰め将棋を妖怪仲間の豆腐小僧に見せてやつた。豆腐小僧は駒の動かし方は知つてゐるが将棋の定石は何も知らない。そこで、その程度の実力の者がこの詰め将棋にどんな反應を示すか興味があつたからである。すると、豆腐小僧はその詰め将棋図を暫くぢつと睨んでゐたが、やがて眉間に皺を寄せながら低い声で呟いた。
「う~ん、わからん、どうやつても詰んでしまふでやんす」
「それでいいんだよ。詰め将棋だから詰んで当たり前だ」
「つ、詰め将棋? すると、これはどうやつたら王様が逃げられるかを考へる、逃げ将棋ではないでやんすか?」
「馬鹿な、逃げ将棋などといふものがあつてたまるか」
「し、しかし、最初からこの王様は四方をびつしり敵の駒に囲まれてをつて、まう一歩も動くことができないでやんす」
「うむ、できないが、それがどうした?」
「といふことは、まうそこから逃げられない。逃げる所が無いといふことは、即ち、詰んでゐるといふことではないでやんすか?」
「なに、すでに詰んでゐる? さうか、王様の逃げる所が無い状態を、確か、詰み上がりと将棋の規則に書かれてあつたやうな・・・」
「でつしやろ? 囲碁で云へば、この王様はまう取られてゐる石と同じ」
「つまり、最初から死んでゐると?」
「はいな、すでに詰んでゐるといふわけでやんす」
「といふことは、この詰め将棋は一手詰めでもなんでもない・・・」
「はいな、そこから一手も指す必要が無い、云ふならば、零手詰めといふわけでやんすな」
「なるほど、一手詰めではなく零手詰めか、洒落たことを云ふではないか。こりや、やられた、お前に一本取られたな」
「いえいえ、一本ではありません、一手取りました」
おあとがよろしいやうで。
追記:記事の特別受賞作の図は載せられないので、替はりに小僧が最近作つた詰め将棋を掲げておいた。もちろん稚拙なものであるがその辺はご勘弁願ひたい。19手詰めであるが、それ以上の手数で詰むところが少々傷か。あるいは読み抜けがあるかもしれない。
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