カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2010年1月 1日 (金)

新年を賀す

明けましておめでたうございます。本年も宜しくお願ひ申し上げます。

神楽小僧

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2009年8月18日 (火)

飲酒運転

Simg_3933 今年の犬山祭では澤山の観光客に混じつて、かなりの人数にのぼるといふのにどういふわけか目立たぬやうにして動く謎の撮影クルーの姿が見られたが、関係者に訊ねると、それはテレビ・コマーシヤルの撮影を行つてゐるといふことであつた。

最初は名鉄のCMの撮影かと思つたが、さうではなかつた。ローカルではなく、全国放送される規模のものであるといふことが判つた。ただ、詳しいことは企業秘密のやうで、その時は、或る有名メーカーのCMで、その撮影デイレクターは「きつと君は來ない、一人きりのクリスマス・・・」といふ唄で有名になつた或る鉄道会社のCMを手がけた、その業界では有名な人であるといふことだけしか判らなかつた。

だが、八月になつて、漸くそのCMの内容が明らかになつた。現在テレビに流れてゐる、マリナーズのイチローが山車祭りに参加して地元の人たちと乾杯するといふビール会社のCMがそれである。因みに、イチローの出演する場面は別にスタヂオに犬山の車山(やま)を持ち込んで撮影したやうである。

しかし、そのCMを見てゐて、ちよつと面白いことに氣が附いた。イチローと地元の手古衆が車山(やま)を回転させる「車切」を行ふ時に「飲酒運転は法律で禁止されています。」といふテロツプが映像に現れるのである。つまり、山車を曳く(運転する)時には酒を飲まないやうにといふ意味にもとれるので、これを見た時にはちよつと笑つてしまつた。

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2009年1月 1日 (木)

新年を賀す

Simg_4242jpg2_2 当ブログを時折あるいは頻繁に覗いてくださつてゐる皆様、あけましておめでたうございます。本年も宜しくお願ひします。

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2008年9月26日 (金)

藝協まつりIN 名古屋2008

Simg_6993 え~お笑ひを一席申し上げます。最近は朝晩が大変涼しくなりまして、めつきり秋らしくなつてまいりましたな。秋と云へば食欲の秋、読書の秋、なんてえことを申しますが、神楽小僧にとつてはやはり祭りですな。いよいよ秋祭りシーズン到來といふことで、これから各地でいろいろな祭りが行はれることになつてをります。なんとなくウキウキとしてきますな。

ですが、世の中には、こんなのが祭りと云へるのか、と云ひたくなるやうな奇妙な祭りが澤山ありますな。祭りと云へば神様に供物を捧げたり、神事を行つたりするわけでありますが、そんなことは一切しない、神様なんて関係ねえ~、といふやうな祭りがあります。そのやうな類の祭りは、だいたいが、人を澤山集めておいて、何かを見せたり何かを売りつけたりして、金儲けをしよう、あるいは町おこしをしよう、などといふのが趣旨でございますな。

小言幸兵衛さんなどが生きてをられたら、「一体どういふ了見だ? ただのデパートのバーゲンセールなのに○○○祭りなどと祭りと称して客を集めるとは。神様をないがしろにした不届きな奴だ!」などと、きつと頭から湯氣を出して怒られるに違ひないと思ふのですが、小僧風情がかういふことを云ふと、きつと「お前の考へ方は古い」と云ひ返されるのでせうな。

ところで、先日、神楽小僧は名古屋へ行く機會がありまして。その時のことです。大須で祭りをやつてゐるといふ話を聞きつけまして、大須近辺には神社が多い、きつとその祭禮だな、と思ひ早速駆けつけた次第でした。ですが、やはりといふか、騙されてしまひましたな。さうなんです、その祭りは先に述べたやうな、神様なんかお呼びでないといふお祭りでした。

それは「藝協まつりIN 名古屋」といふイベントでした。藝協といふのは落語藝術協會、つまり東京の噺家さんたちの集まりのことですが、聞くところによると、毎年九月になると十日間くらゐ大須演藝場でその興行が行はれるさうです。要するに寄席演藝の特別興行といふことで、この場合のタイトルの「まつり」はスペシヤルといふ意味と云へばよいでせうか。

それはともかく、結局、騙されたといふか、当てが外されたといふか、そんな小僧でしたが、そんなにがつかりしたといふわけでもありませんでした。もともと小僧は落語が好きですからな。そのまま大須演藝場の木戸をくぐつてしまひました。東京に居る時は、時々池袋演藝場や新宿の末廣亭に足を運んでゐる小僧ですから、そこに出てゐる馴染みの噺家さんたちが大須に來てゐるとあつては、ちよいと演藝場を覗いてみようかなと思つたのも当然ですな。

ところが、木戸銭を払つた時です。お金と交換に渡されたそのイベントのパンフレツトが嫌に薄つぺらではないかと感じた小僧でした。そこで、もぎりをしてゐた藝協の事務員にそのことを告げると、彼曰く
「私ら藝協の会長をご存知ですか? テレビの『笑点』に出てゐる、あの桂歌丸なんです。ですから、髪(紙)が薄いんです」

おあとがよろしいやうで。

Simg_7005_2 追記:普段の大須演藝場は十人入れば大入りと云はれるほど客の入りが少ない所であるが、この日は台風一過の土曜といふこともあつて席がほとんど埋まつてゐた。テレビでお馴染みの三遊亭笑遊や桂竹丸が貫禄を示してゐたが、いちばん楽しめたのは半田出身の三遊亭とん馬の十八番の一つ「稽古屋」で、お囃子を澤山取り入れた内容が江戸時代の情緒を感じさせてなかなかよかつた。太神楽の鏡味八千代、初音は四月にデビユーしたばかりといふ話であつたが、なるほど、その初々しいところに好感がもてた。大喜利の寄席踊りでは江戸家まねき猫と桂右團冶の二人の女性がコンビを組んで踊つたが、かういふイベントでしか観られないもので、面白いものを堪能させてもらつた。

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2008年9月22日 (月)

日めくり詰め将棋カレンダーの特別受賞作

0gif08921_5 以前、日めくり詰め将棋カレンダーに小僧が作品を投稿したことを書いたが、優秀な應募作には賞が与へられることになつてゐて、先日その発表があつた。当然ながら小僧の駄作はその中に無かつたが、大賞や各賞とは別に選考委員特別賞といふのがあつて、その受賞作がなかなか面白いものであつたので、それについて少し言及してみようと思ふ。

特別賞受賞作と云つても難しいものではない。一手詰めである。それも、将棋の駒の動かし方を知つてゐる者なら誰でも解けるやうな大変簡単な一手詰めである。今までいろいろな詰め将棋を見てきたが、その中でこれがいちばん易しいのではないであらうか。

全体どんな詰め将棋かといふと、守備駒の一枚も無い裸玉に、攻め方の駒は持ち駒なしとは云へ飛角金銀桂香歩と綺麗に一枚づつ揃つてゐるといふ駒の配置(不思議なと金が一枚あるが)で、図を見なければ普通の詰め将棋のやうであるが、これがちよつと変はつてゐて、初形から飛車成りで王手しても、角成りで王手しても、また金でも、銀でも、桂馬でも、香でも、歩でも、とにかくそのまま王手を指しさへすれば、ほとんどの場合一手で王様が詰んでしまふ。詰まない手を選ぶのが難しいほどである。

と云ふと、ほとんどの人が首をかしげるに違ひない。え? それは一体どういふことだ? 答へは一つではないのか? そんな詰め将棋があるのか? と。さう、さうなのである。詰め将棋を幾らか知つてゐる方なら、まうお判りであらう、つまり、これは今までとは違ふ、解答が幾通りもある詰め将棋なのである(この場合、飛角金銀桂香歩のどれでも詰ますことができるので、正解は七通りといふことになる)。詰め将棋は普通、正解の詰め手順が一通りであるが、この詰め将棋はその常識を覆したのである。そして、そのオリヂナリテイーが審査員に高く評価されたのである。

小僧はこの詰め将棋を妖怪仲間の豆腐小僧に見せてやつた。豆腐小僧は駒の動かし方は知つてゐるが将棋の定石は何も知らない。そこで、その程度の実力の者がこの詰め将棋にどんな反應を示すか興味があつたからである。すると、豆腐小僧はその詰め将棋図を暫くぢつと睨んでゐたが、やがて眉間に皺を寄せながら低い声で呟いた。

「う~ん、わからん、どうやつても詰んでしまふでやんす」
「それでいいんだよ。詰め将棋だから詰んで当たり前だ」
「つ、詰め将棋? すると、これはどうやつたら王様が逃げられるかを考へる、逃げ将棋ではないでやんすか?」
「馬鹿な、逃げ将棋などといふものがあつてたまるか」
「し、しかし、最初からこの王様は四方をびつしり敵の駒に囲まれてをつて、まう一歩も動くことができないでやんす」
「うむ、できないが、それがどうした?」
「といふことは、まうそこから逃げられない。逃げる所が無いといふことは、即ち、詰んでゐるといふことではないでやんすか?」
「なに、すでに詰んでゐる? さうか、王様の逃げる所が無い状態を、確か、詰み上がりと将棋の規則に書かれてあつたやうな・・・」
「でつしやろ? 囲碁で云へば、この王様はまう取られてゐる石と同じ」
「つまり、最初から死んでゐると?」
「はいな、すでに詰んでゐるといふわけでやんす」
「といふことは、この詰め将棋は一手詰めでもなんでもない・・・」
「はいな、そこから一手も指す必要が無い、云ふならば、零手詰めといふわけでやんすな」
「なるほど、一手詰めではなく零手詰めか、洒落たことを云ふではないか。こりや、やられた、お前に一本取られたな」
「いえいえ、一本ではありません、一手取りました」

おあとがよろしいやうで。

追記:記事の特別受賞作の図は載せられないので、替はりに小僧が最近作つた詰め将棋を掲げておいた。もちろん稚拙なものであるがその辺はご勘弁願ひたい。19手詰めであるが、それ以上の手数で詰むところが少々傷か。あるいは読み抜けがあるかもしれない。

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2008年8月17日 (日)

日めくり詰め将棋カレンダー2009

080816 昨年、将棋連盟から十七人の女流棋士が独立して日本女子プロ将棋協會(LPSA)といふ組織を作り上げたこと、そのLPSAの企画した「日めくり詰め将棋カレンダー2008」に小僧の作品が掲載されたこと、などを以前書いたが、今年も「日めくり詰め将棋カレンダー2009」が作られるといふことで、小僧は今回もその無い知恵を絞つて詰め将棋を作り應募した。ただ、前回は一題だけであつたが、今回は八題ほど作つて、新しいペンネームで投稿した。

前回、この企画に應募があつた作品の総数はおよそ六百であつたさうであるが、不完全作がかなりの数にのぼり、まともな作品が少なかつた所為か、一人で何題も投稿し、それが全て採用されてゐる應募者がかなり見受けられた。それに反して、カレンダーに掲載された小僧の作品は一つのみで、小僧はその時何となく寂しい氣分を味はつた。そこで今回は「自分も、應募作全部とは云はない、五題くらゐは載せてもらおう」と思つて八題投稿したのである。

だが、云ふまでもなく、小僧はその辺の小学生に負けるほど棋力に劣つてゐて、詰め将棋を作るセンスなどお世辞にもあるとは云へない。なにしろ、余詰めといふ言葉も知らないのである。そのやうな者が、稚拙な詰め将棋を澤山作つて應募したわけであるから、これは要するに、身の程知らずの不遜な行為、あるいは至極滑稽な行為と云ふべきものであつた。とにかく、五題採用してもらはうとはとんでもない話で、どちらかと云へば、全て不採用になつてもおかしくなかつた。

それに、LPSAの應募締切後の発表によると、今回は應募者が倍増して三百人、應募総数が九百三十通といふことであつたから、小僧の作品が全て及第点を与へられるやうなものであつたとしても、それが複数採用される可能性はほとんど無かつた。應募者が一人居れば、不完全作でないかぎり、その人の作品は必ず一題採用するといふのがLPSAの方針で、そのほかに男女両方のプロ棋士と選考委員(詰め将棋作家)の出題枠があり、それが昨年と同数と考へると、カレンダーの三百六十五日はほとんど埋まつてしまふのである。

Simg_8969_2  そのことを知つた小僧は「すると、オイラの目論見は全くのご破算か。苦労して八題も作つたが、どうやら無駄骨を折つたやうだな・・・とほほ」と嘆いた。そして、「今回は、一題でも採用されたら、それで満足としなければならないだらう」と思つた。だが、小僧の苦労は全くの無駄骨折でもなかつた。最近になつて、小僧のもとにLPSAから採用通知書が送られてきたが、それには二題採用と記されてあつたからである。

要するに、それは「つまらない作品ばかりだが、澤山投稿してくれたのに一題だけでは可哀さう、二題採用してやるか」といふ氣持ちで選考委員が選んだ結果と思はれるが、頭の構造が単純に出來てゐる小僧は大いに喜んだ。そして、少し落ち込んでゐた小僧から、普段のどこまでも自惚れの強い小僧に戻ると、
「應募者が多く、できるだけ多くの人の作品を採用してカレンダーの賣り上げを伸ばしたいといふLPSAの事情を考へると、普通は一題しか採用されないだらう。なのに、二題採用されたといふことは、へへ、やはり選考委員たちはオイラの傑出した才能を認めざるを得なかつたといふわけだな、へっへっへっへっへ」
と勘違ひも甚だしい不敵な笑みを、カサゴと兄弟のやうな少々間の抜けたその顔に浮かべるのであつた。(了)

追記:採用された二題についてはそのカレンダー掲載日に言及する予定。上図の詰め将棋は選に漏れたもの。角と桂馬だけで易しい双玉問題ができないかと考へたがこのやうなものしか出來なかつた。作意が見え見えだね、これでは。

注:写真は石橋幸緒女流王位。2007年2月に撮影。

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2008年8月 7日 (木)

山本昌の二百勝達成に思ふ

Simg_5098 中日ドラゴンズの山本昌広投手が八月四日のナゴヤドームの対讀賣ジヤイアンツ戦で二百勝を達成した。今月の十一日に四十三歳の誕生日を迎えるといふのにジヤイアンツ相手に一失点の完投で成し遂げたのだから大したものである。中日球団投手の二百勝達成は杉下茂以来五十一年ぶり、四十二歳十一箇月での二百勝及び完投達成は共に史上最年長記録といふ。因みに、過去に二百勝を達成した投手は両リーグ合はせて全部で二十四人で、昭和生まれの達成者は十七人である。

残念なことに、東京ではテレビの地上波放送でも一般の衛星放送でもこの試合の放送は無く、小僧はその偉業達成の瞬間を眼にすることはできなかつた。(なんといふことだ、東京でジヤイアンツ戦の放送が無いとは)だが、当のナゴヤドームは大変盛り上がつたやうだ。試合後、山本昌がチームメイトたちによつて胴上げされてゐシーンを小僧は深夜のスポーツニュースで見たが、その日の試合はまるで優勝を決める試合のやうであつたといふ。

しかし、優勝監督や引退する選手が胴上げされるシーンは今までに何度も見たが、一つの記録を成し遂げた選手が胴上げされるのは見た覚えが無い。山本昌の場合は大変珍しいことと云つてよいであらう。だが、それほどの祝福も考へてみれば当然のことかもしれない。投手の二百勝達成は大変な偉業と云つても大げさではないからである。

近代野球は投手のローテーシヨンがきつちり守られ、分業が確立されてゐる。マシンの登場によつて打撃の技術も向上し、ボールも昔と較べて格段に飛ぶやうになつてゐる。だから、最近は投手が二十勝することは大変難しいと云はれてゐる。(因みに、二十勝した最後の投手は二〇〇三年の井川慶と斉藤和巳)したがつて、投手が二百勝するには息長く先発ローテーシヨンを守り続けなければならない。毎年コンスタントに十五勝したとしても十四年かかるのである。

そして、この「コンスタントに」といふのが大変難しいのである。九十年代に二百勝を達成した投手は北別府学ただ一人であるが、デビユーしてから達成するまでの十七年間で十五勝以上したのは僅かに五度であつた。二〇〇四年に二百勝を達成した工藤公康に至つては二十三年間に三度である。北別府は二十勝が一度だけあるが工藤は二十勝したことがない。因みに、山本昌は入団してから現在までの二十五年間、最多勝を三度取つてゐるが、十五勝以上したのはその三度だけで二十勝は一度も無い。

金田や稲尾と云つた大投手を彼等と較べるのは適当ではないかもしれないが、二十勝以上を金田が十四年連続、稲尾が八年連続達成してゐることを考へると、これは大変な違ひである。つまり、昔と違ひ今は二百勝を達成するのが如何に困難なことであるかといふことをこの数字は物語つてゐるのである。

Simg_4550 実際、高卒で野球界に入つた槇原 寛己、斎藤 雅樹、桑田真澄と云つた一流投手もかなり長い間活躍したが、この二百勝に届かなかつた。「二百勝投手は彼(山本昌)が最後で、今後まう現れることはないだろう」と落合監督がコメントしたといふが、それも充分頷ける話である。といふわけで、今回の山本昌の二百勝達成は偉業と云つても差し支へなく、彼が胴上げされるといふ最大級の祝福を受けたのも至極当然のことと納得したのであつた。

注:写真は2006年10月にナゴヤドームで撮影

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2008年1月 1日 (火)

新年を賀す

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2007年11月30日 (金)

大ロボツト博

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上野の国立科学博物館で撮影

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2007年11月28日 (水)

犬山寂光院の紅葉

鐘撞けば紅葉散るなり寂光院  神楽小僧Simg_1146















11月24日撮影

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