2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »

2010年10月

2010年10月30日 (土)

桂之介の詰将棋  其の二十二

201010303


其の二十一で書いた“博奕打ち”のKは、どういふわけか、いつも下駄を履いてゐたので、彼が将棋道場の階段を上がつてくると、私だけでなく、道場に居合はせた連中のほとんどはその足音を聞いただけでそれが誰であるか判つた。冬でも余程寒くない限り、ズボンの下は素足に桐の下駄といふ恰好であつた彼は、カタン、コツン、カタン、コツンとその足音が余り大きくならないやうに氣を使ひながらゆつくり階段を上つてくると、建て附けの悪い木製のドアをギイーと静かに開けて、往年の悪役俳優、伊藤雄之助を若くして少し渋味を取つたやうな長い顔を、堅氣ではない身に負ひ目があるのか、警官に逮捕された泥棒ではないかと思ふほど神妙にさせながら道場に入つてくるのが常であつた。

何故下駄を履いてゐるのか、その理由をKに訊ねたことがあつたが、「突然喧嘩になつたときには下駄がちよつとした武器になりますからね。相手を下駄で殴りつけるわけです。相手が大勢のときはそれを投げつけて逃げることもできる。それに、下駄は何かと便利でせう。それを蹴り上げて落ちた形で天氣を占ふこともできますからね、ははははは」とほとんど冗談のやうな答へが返つてくるだけで本当のところは判らなかつた。だが、町の中に出れば警戒しなければならないことがいろいろとある身で、自分の存在を目立たせるやうな行為は慎まなければならないのに、下駄を鳴らして歩くことを全く氣にしてゐないことだけは少なくとも判つた。推測するに、彼の心の中には「オレは確かにまつたうな人間ではないが、世間から後ろ指をさされるやうなことは何もしてゐない。堂々と往來を歩いて何が悪い」といふ氣持ちが強くあつたのかもしれない。

そんなKであつたが、最初は退屈しのぎに始めた将棋がだんだんと面白くなつたに違ひない、頻繁に道場に通ふやうになつた。そして、生來の負けん氣の強さが幸ひしたのか、ぐんぐんと腕を上げて、私と親しく言葉を交はすやうになつた頃には既に二段と五分の勝負ができるやうな強い初段になつてゐた。ただ、それでも私の敵ではなかつた。私はその頃県代表クラスの強豪に揉まれたおかげで三段になつてゐたからである。しかし、暫くすると、Kの棋力は更に上がつたやうであつた。私を負かすことが十局に一局か二局はあるやうになつた。さうなると、彼は私を対局相手にしたいといふ氣にますますなつたやうで、私が道場へ顔を出すや否や、直ぐに私に声をかけてくるやうになつた。

ところが、なんといふことか、将棋とは全く関係の無い或る出來事がきつかけで、突然、私とKとの関係はひどく険悪なものになつてしまつた。全体どういふことかといふと、それは私が或る女の子をデートに誘つたことが原因であつた。其の二十一でKが喧嘩の仲裁をしてくれたことを書いたが、その女の子はその現場となつたスナツクで働いてゐる子であつた。二十歳くらゐの、それほど美人ではないものの、可愛い笑顔が印象的な背の高いスタイルのよい子で、私は以前からその子に好意を抱いてゐた。そして或る日、私はその子をくどき落としてデートに誘ひ、一緒に食事をすることに成功した。しかし、そのとき私は知らなかつたが、実は、彼女は既にKと附き合つてゐたのである。そして、まづいことに、そのデートのことがKの耳に入つてしまつた。つまり、悪氣は無く、誰にも迷惑をかけることは無いと思はれた私の行為が私とKとの間に思はぬ波乱を起こしてしまつたのである。

ただ、その女の子が私の誘ひを拒まなかつたことから判るやうに、彼女とKの仲は大して深いものではなかつた。少なくとも、彼女のKに対する思ひはそれほど強いものではなかつたであらう。だが、問題はKの彼女に対する情愛の深さにあつた。不幸なことに、彼のはうは彼女にぞつこんであつたのである。それ故、私が彼女を誘つたことを人づてに聞いて知つたとき、彼の受けた衝撃は小さくないに違ひなかつた。

さて、そんなKが事情を知つてから私の前に現れるまでに時間はかからなかつた。件のデートの翌日の夕方、彼は恐い顔をして道場へ現れると、直ぐに私を道場の外に連れ出した。そして、暗くなりかけてゐる裏道に連れてゆくと、そこで一氣にまくし立てた。私はそのときの彼の言葉は詳しく覚えてゐないが、彼の口から頻繁に出てきたのは「オレの女」といふ言葉で、それで私は初めて彼とその女の子の関係を知つたのであつた。そして、そのときの彼の話は、オレの女を構ふやうなことはしてくれるな、今回は大目に見るが、次に同じやうなことがあれば只ぢやおかない、といつたことが大体の内容で、それだけ言ふと、彼は私が何か言はうとしても無視したまま足早に去つて行つてしまつた。

ところで、そのとき呆氣に取られながらKの後ろ姿を眺めてゐた私は、おやつ、と思つた。それまで氣づかなかつたが、彼は下駄を履いてゐなかつたからである。Kのそのときの身なりは濃い茶のジヤケツトに黒のパンツといふ、いつもより小ざつぱりとしたものであつたが、どういふわけか、そのパンツの下の足元に下駄は無かった。その代はりにピカピカの黒い革靴がそこにあつたのである。(つづく)

図は自作の詰将棋であるが、玉方の応接に注意が必要である。なほ、ちよつとした余詰があるのが残念。

2010年10月25日 (月)

第33回大須大道町人祭

Simg_6726_2


最近は大道藝を出し物にしたイベントが各地で盛んに行はれてゐる。ほとんどが町おこしを目的としてゐると思はれるが、その魁となつたのは名古屋の大須で毎年催される大須大道町人祭と言つてよいであらう。大須観音のある大須は東京で言へば浅草のやうな町であるが、戦後、名古屋驛前や榮の開発が進んだ結果、その活氣を無くしてしまつた。そこで、かつての賑はひを取り戻すきつかけにしたいと企画されたのが大須大道町人祭で、1978年に第1回が行はれてから有志たちの努力によつてそれは毎年続けられゐる。そして、今年も大須商店街一帯でおいらん道中、金粉シヨー、大道プロレスといつたバラエテイに富む出し物を揃へて行はれたが、好天にも恵まれて大盛況であつた。因みに、ヘブンアーテイスト(東京都公認大道藝人)もバーバラ村田をはじめとして何人か顔を出してゐたが、残念ながら時間が無くてカメラに収められなかつた。


今年は名古屋開府四百年といふことで戦災で消失した山車のうちの二輌が復刻されて大須の商店街を曳き廻された。(一輌は二分の一の大きさに縮小して復刻)
Simg_6638


山車にはからくり人形が載せられてゐる。
Simg_6656


ベリーダンスのグループdeeTOX
Simg_7678


町人祭の目玉である大駱駝艦の金粉シヨー
Simg_7707



10月15日、17日@名古屋大須界隈

2010年10月11日 (月)

DUALIS

Simg_6505


今までにいろいろな大道藝人をカメラに収め、その寫眞をここに載せてきたが、今回はクラシツクの名曲を演奏する女性三人のグループ、DUALIS(デユアリス)を紹介することにしよう。彼女たちは東京都公認の大道藝人、言はゆるヘブンアーテイストで、バイオリン、キーボード、ビブラフオン、パーカツシヨンといつた樂器とソプラノの歌唱を用いてクラシツクの中のポピユラーな曲を主に演奏してゐる。大道藝人と言つても、三人とも名のある音樂大学の出身のやうで、その演奏力は折り紙附きと言つてよい。

先日、新宿藝術天国といふイベントが新宿驛前界隈で行はれてゐたが、そこにDUALISも出演してゐた。以下はそのとき撮つた寫眞である。ただ、この日はバイオリンを弾いてゐるレギユラーの一人がお休みのやうで、初めてお顔を拝見する女性がその代役を務めてゐた。

Simg_6477



Simg_6500



Simg_6498


5月に高円寺で撮影した一枚
Simg_9097fu

2010年10月 3日 (日)

藝協まつりin 名古屋2010  續篇

Simg_6100


大家 「お前さん、歌丸が出たと言つたが、元氣だつたかい?少し前に体調を崩して入院したといふことを聞いたが」

八つあん 「へえ、ほかの咄家連中はその話をマクラにして歌丸師匠をからかつてましたが、からかはれるといふことはそれなりに元氣といふことで、今回、師匠の『紙入れ』をわつしは楽しく聴かせてもらひました」

大 「さうかい、そりや、よかつた。小柳枝はどうだつた? わしはいつぞや小柳枝の『桃太郎』を聴いたことがあつたが、その語り口のうまさに感心したことがあつた」

八 「へえ、小柳枝はわつしも大好きでね、今回、奴さんが居なかつたら大須に三日も滞在したかどうか判らないといふわけで、へへ。ですが、大家さん、今回はちよつとばかり不味いことがありましてね」

大 「不味いこと? 一体何があつたんだね?」

八 「へえ、二日目の出來事でした。仲入りの後、遊雀、樂輔、動物ものまねの江戸家まねき猫と続いて、最後に小柳枝となりました。そして、奴さん、得意にしてゐる『唐茄子屋』を演つたんですが」

大 「うむ、それで?」

八 「へえ、そのときは『唐茄子屋』の全部は語らなくて、若旦那の徳がかごを担いで吉原の裏手へやつてくるところまでだつたんですが、その裏手で徳が今までのことを反省したり吉原の花魁のことを思ひ出したりして、聴き手をしんみりとさせる、その話のクライマツクスと言つてもいいやうなところで、どういふわけか、どこからともなく演歌のメロデイが流れてきましてね、わつしは吃驚してしまひました」

大 「ほう、演歌のメロデイね。最近の落語は変はつたことをするね、お囃子ぢやなくて演歌を効果音に使ふとは」

八 「いえいえ、さうぢやござんせん、その演歌のメロデイは携帯電話の着信音だつたんで。それが、また、持ち主が居眠りしてゐるのか、なかなか鳴り止まないんです。まつたく、酷い話です」

大 「さうか、すると、場内に流れた演歌は客の携帯の着信音で、それが落語のBGMになつたといふわけだな、はつはつはつは」

八 「大家さん、笑ひ事ぢやありませんよ。小柳枝の名人藝がそのおかげで一遍で台無しになつてしまひましたからね。小柳枝の心中も穏やかではなかつたと思ひますが、わつしも、あんなに腹が立つたことは無かつた。そのとき、その携帯の持ち主に殺意を覚えたくらゐです」

大 「うむ、お前さんの氣持ちもよく判る。ところで、その着信音のメロデイはどんな歌だつた?」

八 「へえ、たしか、美空ひばりの『川の流れのやうに』でした」

大 「なに、ひばりの歌とな。それぢや、お前さん、おこつても仕方が無い」

八 「そりや、一体、どうしてです?」

大 「だつて、お前さん、ひばりだから・・・」

八 「な~るほど、大家さんの言ひたいことが判りました! へへ、おつしやる通り、小柳枝はそのときトリでした」

おあとがよろしいやうで。


« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »