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2010年11月27日 (土)

桂之介の詰将棋 其の二十三

20101127


其の二十二に書いた出來事の後“博奕打ち”のKは暫く道場に顔を見せなかつた。だが、或る日、道でばつたり會ふと、どういふわけか、彼は私を近くの喫茶店に誘つた。そして、そこでコーヒーを二つ注文した後、今度は冷静な口調でこんなことを言ひ出した。

「あんたはあの子が本当に好きかい? え? どうだい?」

その唐突な質問に少し吃驚したが、Kのいつもとは違ふ、裁判官のやうな真剣な眼差しに氣後れして、私が罪状を認める被告人のやうに頷くと、彼は続けて言つた。

「さうかい、それぢや、かうしよう。オレと将棋を三番指して、それであんたが全て勝つたら、あの子をあんたに進呈しよう。どうだい、オレと一勝負してみねえかい? え? どうだい?」

それだけ言ふと、彼は虫歯の目立つ歯を見せて顔を崩した。そして、今度はテーブルの上に両肘を附いて、前のめりになりながら少し声を小さくした。

「何故こんなことを言ひ出したのかつて顔をしてるな? うむ、実はね、オレはあの子に完全に振られちまつたのさ。はは、仕方が無い、オレはこんな身だからな。それに、どうやら、あの子はあんたに氣があるやうだ。だが、オレもこのまま簡単に引き下がるわけにはいかない。オレは本当にあの子が好きなんだ。あの子がほかの男と附き合つてゐるのを指をくはへて眺めてゐるなんて、たとへ相手があんたでも我慢ならねえ。だが、オレも博奕打ちの端くれ、それも新門の辰五郎親分の流れを汲む由緒ある一家の舎弟分だ、あんたと勝負して、それで決着を附けたい。オレが負けたら、あの子のことはきつぱりと忘れることにしよう。 勿論、あんたのはうが格上だから、オレと三番勝負して、三つともあんたが勝つたら、あんたの勝ち、オレがあんたに一つでも勝つたら、あんたの負け、つまり、あんたもあの子をあきらめる、といふことで。どうだい、勝負してみねえかい? え? どうだい?」

それはどう考へても理不尽で身勝手な提案であつた。Kが振られたといふのが本当ならば、彼とその女の子は恋人同士でもなんでもなく、その女の子に私がデートの申し込みをしても何ら問題が無い筈である。プロ野球で言ふならば、その女の子はFAを宣言した選手である。ところが、Kの申し出はそのFA選手を獲得しようとする者に対して、こちらには依然として保有権がある、彼女が欲しければ、まう一度ドラフトを通してからにしろ、そして、そのドラフトの抽選で当たらなければ獲得する権利は無い、と主張するやうな乱暴なものであつた。

私は唖然として言ふべき言葉が見つからなかつた。冷静に考へれば、その申し出は無視すべきものであつた。だが、少しの間考へてゐた私の口から出たのは「いいでせう、受けて立ちませう」といふ言葉であつた。勝負に負ければその女の子のことはきつぱりと忘れる、といふ彼の言葉を信じたからであつた。 彼が彼女をあきらめてくれれば、私は心置きなく彼女と附き會ふことができる。それに、真剣に指せば、私は彼に負ける氣はしなかつたのである。

さて、その三番勝負であるが、なんといふことか、私の二勝一敗といふ結果になつてしまつた。その一敗といふのは三局目の勝負で、優勢な将棋を大ポカによつて失つたものであつた。終盤、下のA図のやうな局面(簡素化してある)が現れて、私は一手の余裕があつたにもかかはらずそれを詰ましに行つた。詰むと確信してゐたし、綺麗に決着させて、Kのもやもやした胸の内をすつきりさせてやりたかつたからである。ところが、好事魔多し、そのとき、1九に自分の打つた歩があることをすつかり忘れてしまつてゐたのである。私が自信満々の手つきで1二に歩を打つたとき、Kはにやりと笑つたが、その眼つきには直ぐに影が広がり、憐れみと悲しみが入り混じつてゐるやうな、なんとも言へぬ表情を彼は私に向けた。そして、私は直ぐにその意味を悟つたのであつた。

ところで、その三番勝負が終はつてから、私はKとの約束通り問題の女の子に會ふことを控へてゐた。そして、Kの胸の内が収まり、事態が好転することを待つてゐた。ところが、暫くすると、驚くことを私は耳にすることになつた。或る日、私はその女の子が働いてゐるスナツクのマスターと道で出會つたが、そのとき私は彼から、彼女が店の常連客の、妻子のあるサラリーマンと駆け落ちしたと告げられたのである。そして、その話を聞いた頃からであらうか、“博奕打ち”のKも道場に現れることはすつかりなくなつてしまつたのであつた。

上に掲げた詰将棋にはどんなコメントを附ければよいであらうか。ま、少し長いですが簡単です。


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注:詰将棋の解はコメントに記してあります。

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