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祭り

2010年6月17日 (木)

徳川園山車揃

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昨日、NHKの「歴史秘話ヒストリア」といふ番組で幕末の動乱を生きた尾張徳川家最後の殿様、徳川慶勝を取り上げてゐた。彼は実弟の會津藩主松平容保とは違ひ、朝廷派に組して江戸城無血開城に重要な役割を果たした人物であるが、寫眞を撮るのが趣味といふ一風変はつた殿様で、番組の中でもその寫眞が何枚か紹介されてゐた。

上の寫眞がその中の一枚である。これは当時行はれてゐた若宮祭の様子を撮影したものである。若宮祭や三之丸天王祭といつた当時の名古屋を代表する山車祭りは、毎年、からくりを設備した山車が名古屋城の三之丸に曳き入れられて殿様の上覧に供されてゐた。寫眞は三之丸で山車がからくりを披露してゐるところと思はれる。

ところで、この名古屋の山車祭りであるが、当然ながら、明治になると衰退し、澤山あつた山車も破棄されたり賣却されたりして、その数は激減することとなつた。そして、それに追ひ討ちをかけたのが昭和の太平洋戦争で、江戸の世からなんとか生き永らへてゐた山車もそのほとんどが名古屋城とともに空襲で焼失してしまつた。

といふわけで、現在、名古屋の祭りで曳き廻されてゐる山車の中で江戸時代から引き継がれてゐる山車は数へるほどであるが、それらのうちの五輌が徳川家ゆかりの地に集まつて昔の山車祭りを再現しようといふ試みが数年前から行はれてゐる。それが徳川園山車揃といふイベントで、名古屋の東區にある徳川園で今年も今月の六日に盛大に行はれた。下の寫眞はそのときの様子を私が撮つたものである。

なほ、徳川園は尾張徳川家三代目の殿様、徳川光友の隠居所跡地に造られた、大名庭園を模した庭園で、それに隣接して、尾張徳川家傳來の品々を収蔵展示してゐる徳川美術館と尾張徳川家歴代藩主の蔵書を収蔵する蓬左文庫がある。因みに、名古屋城三之丸の跡地は現在、高いビルの乱立する官庁街と化してゐる。


山車まつり過去を未來へ曳いてゆく  桂之介

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2009年8月31日 (月)

下町のサンバカーニバル

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29日の土曜日は浅草へ足を運びサンバカーニバルを楽しんだ。しかし、このイベントは年を重ねるごとに観客が増えてゐるやうに見受けられる。パレードが始まる頃に着けばよいとゆつくり出かけたこちらも悪かつたが、地下鉄の駅から地上へ出ると、そこには既に人、人、人の壁が出來てゐて、とてもぢやないが前へ進める状態ではなく、パレードの模様をなんとかカメラに収めるにはそれから1時間ほど人波の中で撮影できるやうな場所を探してもがかなければならなかつた。

2009年8月10日 (月)

八王子まつり

Simg_3916 昨日は八王子へ足を運び祭りを見物してきた。八王子の祭りには神輿も出るが、主役は19輌の山車である。八王子の山車は周りを多くの彫刻で飾つてゐるのが特徴と言へるが、形態は概ね関東の山車祭りで一般に見られるやうなもので、山車にはそれぞれ囃子方と踊り手が乗つてゐて、町の角々で滑稽な手踊りを披露することになつてゐる。そして、夜になるとその巡行と曳き合はせが盛大に行はれ、祭りはクライマツクスに至るのである。

実を言へば、八王子の祭りを見物するのは今回が初めてであつたが、川越や秩父とはちよつと違ふ、江戸に近い農村であつた昔の風情を残してゐるやうな、イナセな部分とゆつたりまつたりしてゐる部分が混じりあつてゐる、そんな祭りを大いに楽しませてもらつた。この地域は開発がどんどんと進んでゐて人の移動も激しいと思ふが、このまま伝統ある行事を後世まで規模を縮小させることなく存続させていつてほしいものである。

ただ、残念であつたのは夜の山車を飾る提灯の明かりがろうそくではなく電氣によるものといふことである。関東には提灯に電氣を使用してゐる山車祭りが多いが、ここもさうであつたことは私をやや失望させた。名古屋の市長が、日本の城は木造に限るといふことで、名古屋城を木材によつて立て直すことを決意したといふニユースを聞いたばかりであるが、それと同じやうに、提灯はろうそくに限るといふことになるのではなからうか。

ゆらゆら揺れる幻想的なろうそくの明かりとネオンのやうな明るすぎる電球の明かりとではそれが醸し出す情緒が全然違ふのである。伝統を重んじる祭りなら尚更であらう。

火災を心配する声もあるが、現在放映されてゐるビール会社のCMでイチローが力一杯回転させてゐる犬山祭の山車はすべてがろうそくの提灯である。ほかにもろうそくといふ伝統を守り続けてゐるところは多い。八王子でも可能と思はれるがどうであらうか。

昔のやうにろうそくのままであれば、山車の後部にそれにそぐはない、音のうるさい発電機を備へ付ける必要も無いし、祭りの写真を撮つても、提灯のところだけ明るすぎて白トビするといつたことも無いであらう。それはともかく、ネオンを消した暗い街をなんとも言へないくらゐ美しい提灯の明かりが揺れて動いてゆく、そんな一昔前の祭りを見たいと願つてゐるのは私だけであらうか。